おつかれさまです。名古屋の探偵@高田幸枝でございます。

本日はあたたかいですね。関東方面での現場も外はあたたかいそうです。
あとひとふん張りかんばって欲しいものです。

本日、3件目のブログとなります。

~全身癌となっている樹木希林さんより~

樹木さんに言わせると、癌はありがたい病気で面白うそうです。
いろんなよじれが見えてきて、人生が変わる。
そういった意味で賜りもの
人は癌に向き合って自分を知るという事。
癌が治るための癌じゃない

わたくしも母親が乳がんになったことを知り、すべての視界が瞬間に変わりましたあの頃を思い出しました。

あのままの自分であったら今の自分はなかったのは間違えない・・・

ひとつのものがこんなに違うとらえ方、考え方、受け止め方も経験しましたし、感謝の深みも喜びも悲しみも全部が変わりました。

当時、それ以来、闘病生活もあり遊ぶ時間も削られたわたくしに一部の友達からは、大人ぶってるの?と言われた時、一人で号泣しました。

病院の担当医に手術を終え、担当医に言われたこととは、

手術したから癌が治ったわけではない。
癌をとったから良しではない。
そもそも癌体質であることを決して忘れないように。

そう言われて一生、母親を守ろうと決意した日でした。

享年54歳の母親。

当時、闘病生活の中でひとり何を考えているのだろうといつも思いました。

今思えば癌になって転移してからの母親は思いっきり友人と遊んでました。
無理をして遊び家でぐったり寝ている母親に注意をしていたわたくし。

まだ中学生だった妹が何もわからず母親と東京に行きたいとだだをこねる妹にわたくしは妹を一生懸命、だめだと説得しておりました。

そんな時、母親がわたくしにぼそりと、

幸枝、行かせて、時間がないの

なにも言えませんでした・・・・。

母親は生きている時間が短いとわかっていたのか、一生懸命生きてました。

母親のいるみなさんをわたくしはいつもうらやましがっておりました。
でも、それは違う・・・・・って最近なんとなくそう感じております。

わたくしの母親は今でも心にいるし、生前にこうやっていっぱい何かを残してくれている、気づかせてくれている・・・・・

だから母親がいないなんて思うことは母親が悲しむのではないか。

こうやって胸張って今を生きている今の自分も母親がいなかった11年間もわたくしの近くにいたからこそ今の自分であって、ひとりでここまで来たわけじゃないんだって。

なんとなくそんな事に気づきだした近年。

ママ、ありがとう。

そんなこんなで、急にオセンチになってスタッフ等に内緒でウルッときておりますが、ばれていないようです。苦笑

それでは、本日はまだまだ続きます、がんばりまーす。

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名古屋の解決探偵

高田幸枝 takada yukie (1972年生 名古屋市出身) 株式会社LASコーポレーションの代表取締役 21歳の時より現在に至り探偵一筋 浮気調査や離婚問題、家出・人探しでは、調査のみで終わることはなく解決までサポートにこだわる探偵として活動している。 探偵ブログに関しては、探偵として人として女性として日々の思いを書いていこうと思っております。 企業理念「心笑の実現」 お客様、スタッフ、スタッフの家族、当探偵社に関わるすべての人たちの心が笑う実現に向けて活動します。