おつかれさまです。名古屋の探偵@高田幸枝でございます。

本日、二件目のブログになります。
もうそろそろ、帰宅しようかと思い最後にブログでも。笑

探偵業20年、色々なお客様たちの人生の節目に出合わせます。

涙ばかりではなく笑顔になる仕事もあり、時にお客様が感情的になろうとも感情を乱すわけにもいきません。
もちろん、同情したらいけないこともあります。

長年、探偵業をしているとそんな中、不思議な体験に遭遇することもあります。

仕事とは関係なく自分事のプライベート話で例えさせていただくと、

わたくしの母親は約6年半の闘病の末、12年前に他界しました。
兄弟姉妹の中で末っ子の母親は誰よりもわたくしの祖父母いわゆる母親の両親の事を誰よりも心配しており、そんなわたくしの祖父は当時、高齢、頑固で痴呆症で周りから飽きられ気味、祖母はそんな祖父の亭主関白にずっとだまってついてきた女性でした。

母親の他界した日、病院から自宅に戻った亡き我が娘を見た祖父は、わたくしの母親の遺影を見て・・・・・今まで涙ひとつ見せなかった祖父が大泣きして語り出しました。
大粒の涙を出した祖父を見たのははじめてでした。

祖父は語り出しました。

昨夜、おまえはわしの枕元に来てくれたじゃないか・・・・
わしは知ってたぞ、おまえがきてくれたのは、知ってたぞ。

そう、泣きながら母親に語りかけてました。

私は、これは痴呆じゃない本当だと思いました。
周りもその言葉にみんな固まったことを今でもわすれません。

母親は最後の最後まで私たち家族だけでなく、自分の両親、自分の身内も心配していた。

これもそういう運命だったのか、訳あって近くに一瞬、私の祖父母は近くに居住していたのも必然だった。
最後まで心配させたくないとギリギリまで母親は両親に深刻な状態を隠してた当時の母は、瞬間、体調がすぐれない時、とある日、祖母が胸騒ぎがしたのか一人では歩けない距離を徒歩でひたすら歩き自宅まで様子を見にきてばれてしまった事も不思議な出来事でした。

これも不思議なことでして60年近く住んでいた場所から訳あって私たちの近くに住み、母親の最期も祖母は私の母である娘の最期をみとれました。
そして、母の最後の言葉は・・・・

「おかあちゃん・・・・」

でした。

調査の中でも、不思議な体験もあります。
我々にはわからないなにかが起こることも・・・・・長年に渡り経験させてもらっております。

自分がこういう経験をしているからこそ寄り添える・・・・・
そんな時は言葉じゃないんですよね・・・・・

そんな、こんなんで、さてと本日は帰宅します。

お疲れ様でした。

改めて、うちのスタッフ達に何となくっていったら失礼ですが、いっぱいがんばってくれて「ありがとう」って言いたかったりもしました。笑

色々な意味で、ありがとう・・・・

ブログ見てないと思うので、来週にでも言葉に出して言ってみます!笑

あしたも、がんばります!

The following two tabs change content below.

名古屋の解決探偵

高田幸枝 takada yukie (1972年生 名古屋市出身) 株式会社LASコーポレーションの代表取締役 21歳の時より現在に至り探偵一筋 浮気調査や離婚問題、家出・人探しでは、調査のみで終わることはなく解決までサポートにこだわる探偵として活動している。 探偵ブログに関しては、探偵として人として女性として日々の思いを書いていこうと思っております。 企業理念「心笑の実現」 お客様、スタッフ、スタッフの家族、当探偵社に関わるすべての人たちの心が笑う実現に向けて活動します。